「言語化」について思うこと

最近よく「言語化」していないものを常識として求めるな。
というような発言を多くインターネットで見かけたので雑に思ったことを書く。

「言語化」していないものを常識として求めるな

の主張自体は正しいとは思う。
とはいえ言語化をすること自体にもカロリーを使うという事実もある。

自分はソフトウェアエンジニアなので、ソフトウェアエンジニアとしての例を考えてみる。 - テストを書くことは大事 - View と ロジックを分けることは大事 - ドメインモデリングは大事 - コードレビューは、批判の場ではない

こういうのをどこまで言語化するのか、という境界線は難しい。

個人の観点でいうと、先人たちがすでに言語化してくれてるのでそれを学ぼうという話かもしれない。
チームの単位での話になると、どこまでをチームをお約束とするかを考えたり定義したりするのは、それなりにカロリーを使う。
もっと極端な例だと、「main などのブランチに直接 Push するのは禁止」というのは言語化すべき内容なのだろうか。

さてなんとかしてこのカロリーを減らせないだろうか。
自分は、「優秀な人たちを集める」というのも1つの解決策なんじゃないかと思ってる。
つまり「常識だと思ってるものを言語化してルールを定義する」よりも「常識を持ってる人を増やす」ということである。

きっと Netflix のルールのない組織とかもそういう思想なんじゃないかなと思うなど。
Google や Facebook が多様性を求めながらもコンピュータサイエンスの学士、修士を求めるのも根本では同じような常識を求めてるからなんじゃないかなー。